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高知県吉良川町白壁と水切り瓦の町並みです

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高知県海岸周辺は暖帯林でカシ、シイが代表的な樹種です。ここ吉良川町付近の地域はこのカシ、シイなどを利用して木炭と薪で栄えた町です。明治から昭和初期にこの近郊の集散地として繁栄したところです。近くの室戸は台風銀座でさらに多雨の場所です。このような環境のなかで耐え得る建物をつくりました。木造といい石垣堀といい見事なデザインで美し造形美を見せてくれました。白壁はつくる人はもういないのでないでしょうか。大きな柱、桁、見れるものなら木組の構造を拝見したいですね。昔の棟梁さん大工さん木の性質や木取りを考えて建てたことでしょう。智慧や技術がいっぱいつまっています。保存をして後世に残しましょう。
下の画像はHDR(ハイダイナミック)風な画像で遊び心です。このような被写体は効果が出るのではと考えPhotoShopでつくりました。
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by aokinature | 2013-01-31 13:12 | 景観

魚梁瀬森林鉄道は高知県魚梁瀬の奥深い山を走っていました

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    最奥部の甚吉ヶ森の下を走る森林鉄道この付近は断崖絶壁です。
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    昭和30年ころ、魚梁瀬杉が鬱蒼と茂っていました
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魚梁瀬の集落は昭和39年(1964年)今から49年前水没しました
  下は現在の魚梁瀬千本山のヤナセスギです 天然スギでは日本一でしょう  
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昔の名称では高知営林局魚梁瀬営林署中川事業所の国有林です。森林鉄道の発着の奈半利町から70キロメートル近く入った深い奥山です。四国山脈東部の森林で年間4000ミリを越す降雨で成長した天然の杉、桧、樅、栂、欅、栃などの樹木が天を突くように立っていました。特に杉はヤナセスギのブランドで日本三大美林のひとつで他に秋田杉がありますが、それに劣らず材質木目色合では日本一の杉だと思います。ここにあるような森林がありました。画家東山魁夷の描く墨絵の世界ですね。私はここで仕事をしましたので山に行くのときは歩いてそして終わればトロッコの運転で8キロメートルを転ばし帰りました。レールの継ぎ目でカタンコトンと、カーブで左右にゆれながら、ブレーキをゆるめたりしめたり緑のトンネルを抜けるようにを走るのです。魚梁瀬の山は谷沿えは急峻で軌道はへアピンカーブで蛇行しながら急勾配を登ります。機関車もレールに砂をまいてノロリノロリと登っていました。機関車が材を引っ張り下るのは、機関車のブレーキでは制御できず走る材木の上に乗り移り数台の貨車にブレーキをかけていました。制動手という職業の方でたいそう危険な仕事でした。次回に写真をつけてお見せしましょう。今は昔ここで山を這いまわり木に触り、木肌、葉の香り、ヤニの匂いも身体に沁みこんだ懐かしいところです。他にも森林鉄道などの写真もありますので紹介しましょう。

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by aokinature | 2013-01-24 19:19 | 魚梁瀬森林鉄道

魚梁瀬森林鉄道の懐かしい高知県魚梁瀬です

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奈半利から魚梁瀬へ1日1回、魚梁瀬から奈半利へも1日1回の発車です。乗り遅れると翌日まで待たねばなりません。私は乗り遅れ一泊したこともありました。箱型の車両には野菜や魚、米など食糧品、郵便物、新聞、一般の荷物などの生活物資が入っています。魚梁瀬に着くと5カ所の事業所に分けられて運ばれます。魚梁瀬の住民には暮らすための大切な定期便です。客車は木の椅子でかたくて狭くくっつきあって合って座っていました。単線ですので待ち合わせしたりさして早く走れないので4時間くらいガタンコトンとゆられて奥へ更に奥へ登りました。
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昭和30年代、高知県安芸郡馬路村魚梁瀬の森林鉄道です。高知県東部は国有林からは多くの木材が伐採されました。当時は車道ではなく森林軌道が河川を渓谷をあるいは山の中を縫うように敷設されていました。林業の最盛期で労働者に溢れ良い時代であったと思います。森林鉄道は住民の唯一の生命線でこれに頼っていました。レール幅は762mmで事故もあり多くの人命が失われました。当時山火事があり消火に行く途中、脱線して深い谷底に落ち十数人が持っていた鎌や刃物が身体にささり死んだという悲しい事故もありました。私は最初の赴任地でしたので8年住み山へ行くのに毎日乗りましたが、帰る途中トロッコがカーブを曲がりきれず脱線して岩石にたたきつけられ大怪我をしました。写真の元は白黒の写真、当時はカラーはありません記憶をたより彩色をしてみました。ここはロックヒルダムができ水没しています。ふりかえればランプで暮らした苦楽の懐かしい地。深い不便な奥山、ここで住み働いた人々はどこよりも記憶に残っていると思います。終戦の貧しさがまだ漂うこのころもっと美味しいものを、テレビを洗濯機をと懸命に働いた時代でした。

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by aokinature | 2013-01-20 23:03 | 魚梁瀬森林鉄道