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龍馬マラソン南国高知を走りました

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ここは南国市9kmの通過点ランナーの姿を撮りました。3800余人ひたすらにゴールに向かいで走り去って行きました。このような多くランナーを見たのは始めで、切れ目なく続く走行の列に驚くばかりでした。老若男女身に纏うものも様々の衣装を見ました。それぞれの目的をもって足を手を動かし汗を出して苦しみ走れば何かを得られると思います。走るには人間の本能、先祖の人は獲物を追って捕まえていました。私たちは便利な乗り物に身をまかせ足も手もすっかり小さくなり、歩行器にかきつくようになりました。歩きましょう走りましょう。さすれば必ず頭も肉体も進化すると思います。楽しい人生の時間が増えることでしょう。人間は退化するのでなく少しでも上を目指してこそが生き方だと考えます。
by aokinature | 2013-02-24 15:40 | 風景

魚梁瀬森林鉄道は軽業師 制動手が操り走った

制動手はこの材木の上を跳びうつりブレーキをかける。落ちれば思うだけでも怖いですね。
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台車の前にある円いテコのついた錘、下ろすとブレーキがかかりフックのついた鉄の棒でふんどうにかけ上げ下げして下る。
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貨車の材木の上を跳び移る。前の細動手はふんどうを上げているようだ。
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制動手または制動夫と呼ばれとにかく身が軽くなければできない仕事です。台車に積まれた材木の上をサーカスのように飛び回り長い鉄の棒でテコの錘を操作してブレーキをかけるのです。材木を山から下がるとき制動手が一手に引き受けて貨車を走らせるのです。7両から10両これを2人くらいで移動して制御するのです。材木の皮をはいだ表面はすべりやすく、更に冬は凍り雪は大変でした。当時の地下足袋はスパイクはありません。走る山の斜面は狭く下は谷落ちれば命がけの仕事です。鉄橋から2回落ち命拾いした方もいました。私は最後尾に乗り写真を撮りましたがカーブでは左右に揺れるし下を見ればはるか下は谷底で動くことはできませんでした。この当時ヤナセスギの大径木を鋸で切る杣、木寄する人、木橋をつくる人それぞれ名人のような技術を持った人が多くいました。
さて、森林鉄道の機関車の運転手は花形の職業。魚梁瀬の子供に大きくなったら何になると問えば「僕は機関車の運転手」と答えていました。人も物資も運んでくれる機関車が動かねばどうにもならず運転手さん制動手さんには敬っていましたね。
by aokinature | 2013-02-16 22:18 | 魚梁瀬森林鉄道

魚梁瀬森林鉄道奥山を走る

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森林鉄道は田野町が発着駅で奈半利川あるいは安田川をさかのぼり、釈迦ヶ生で合流して魚梁瀬さらに奥へ徳島県境近くまでついていました。距離にしておよそ70Kmはあったでしょう。最奥の八度山(やたびやま)からも伐採され搬出しました。県境の尾根から長い集材線を張り運材してきた材木を貨車に積み8両くらいを機関車が引っ張り乗り下げるのです。山の斜面を抜いた急勾配急カーブ落石もある危険な森林鉄道でした。乗り物は客車と荷物を積むボサ箱と呼ばれる車両でどちらも狭く窮屈なものでした。スピードは10〜15Kmくらいのスローで時間がかかりました。私は50年前のこと機関車のうしろのステップに乗り鉄棒にかきついて寒さでふるえながら走った森林鉄道です。ではまた次回にしましょう。
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by aokinature | 2013-02-08 17:53 | 魚梁瀬森林鉄道