<   2013年 04月 ( 5 )   > この月の画像一覧

アケボノツツジは奥山できれいに咲いています

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瓶ヶ森、白髪山、工石山(本山町)に咲いているものです。以前写したものですが今の季節に合わして出しました。春爛漫のこの時季花の色きれいですね。
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by aokinature | 2013-04-27 16:10 | 花の風景

魚梁瀬森林鉄道 昭和39年新しい魚梁瀬ができました

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      水没直前の魚梁瀬です
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昭和33年8月20日安芸郡北川村長山の現地で安田川奈半利川森林鉄道撤去式が行なわれました。明治44年以来沿道住民の交通文化、運輸を支えてきた森林鉄道に終止符をうったのです。同時にこの森林鉄道のために殉職された88名の冥福を祈る慰霊祭も挙行されました。それから8年の歳月をかけて100キロ余の森林鉄道は車道に変わりました。
昭和38年3月魚梁瀬大橋の完成、バスの乗り入れと姿を変貌し新しい魚梁瀬が誕生しました。遠くは800年余の昔、壇ノ浦に戦に敗れた平家一族が住みついたといわれる歴史の魚梁瀬部落は湖底に深く眠りました。年間降雨量4000ミリこの恵みで育った魚梁瀬スギをブランドに新しい魚梁瀬は出発したのです。
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by aokinature | 2013-04-24 09:26 | 魚梁瀬森林鉄道

魚梁瀬森林鉄道 魚梁瀬杉を乗せて走ります

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昭和34年ころ、魚梁瀬中川事業所です。徳島県境近く越えれば木頭村で甚吉ヶ森の下が作業現場でした。魚梁瀬スギはもちろん樅、栂、欅、栃、橅などの大きな樹木が鬱蒼と覆っていました。森林鉄道の材木の積み場までは長い集材線を張り運んでいました。尾根から尾根へ1000m下からみれば100mのところを材木が滑車に吊されて走っていました。貨車1台には20石くらいの材木を積みます。この当時は尺貫法、1石は材木の長さ13尺2寸末口の径9寸で1.07石です。2尺の材木は5.28石、メートル法では60C m長さ4mで1.44m3となりますね。1台5.5m3の積載です。貨車に積込の形は下に大きな材木2本その上に小さい材木3本その上に更に大きな材木と5〜6本で出来上がりです。くくりこと言って貨車を見ながら材木を線で持っていく人がいるのですが貨車にピッタリと乗るように運びます。さすがプロで見事な技量です。1日20〜25台積込みます。機関車は6〜10台引っ張て石仙〜魚梁瀬〜釈迦で集めて〜馬路〜田野奈半利の貯木場へと運ばれます。当時魚梁瀬にはこの中川、西川、東川、谷山、大谷と5つの事業所がありました。年間の搬出の材積は中川事業所で33000石くらい他も同じようなものででした。全部で約17万石、5万m3近くが出ていたのです。有り余る魚梁瀬の山も全ては伐りつくされ天然の山は人のつくった山に変わりました。この山も成長しています。歳月をかければ再び天を突くような森林になることでしょう。豊かな森林に頼らねば私たちは生きていけないのですから大切にして育てましょう。
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by aokinature | 2013-04-18 16:34 | 魚梁瀬森林鉄道

吉野川最上流に残されたの岩窟の隧道です

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四国最大の吉野川は紀伊水道の川口から西へ遡り池田から南へ峡谷大歩危小歩危から上流へ高知県大杉を経て西へ早明浦ダムにたどり着く。ここから湖水をこいで狭隘な山の裾の川から渓谷へ変貌して四国山脈の分水嶺のふもとの源流に行き着く。まがりくねり岩や山にかきついての194Kmのへとへとの長い旅である。早明浦ダムの竣工は1975年その恩恵で周辺の町村は道路は整備され驚くほど良くなった。それまでは道路は土ぼこりでバスから降りるときは頭が真っ白になり服をたたいたものだった。その面影を残した道の跡が現在もある。この写真ではガードレールもブロックもあり良い道にも見える。その前は更に狭い一本道で防護するものはなく危険な道であったであろうと思われる。昭和30年ころは車はバスかトラックそれも数台で乗用車はなかった。このあたりは牛馬道で牛や馬が荷を引いていたし何よりも大事な生活道であった。幹線の道であったことだろう。この岩石をくり抜いた隧道この時代は発破はあったのだろうか。鎚をたたきノミで掘り仕上げたことには間違いない。手に血を流しながら朝から夜まで掘り進んだことであろう。数センチのときもあったであろう。その労苦の労働に手を合わしたくなる。生きることにどのような艱難辛苦にも耐えた先人たちに称賛のことばを浴びせよう。この集落は人家の多くは山の中に潜むように散らばっている。傾斜の畑で黍や粟、稗をつくり自給自足に近い暮らしである。山村は豊でなかったので一生懸命に働いて子供の幸せを一番にと汗を流した。働くことが尊いことを教えてくれ学んだ。私も幼いときから母の苦労を見て育った。逝ってしまったが人生で大切なことそなえるものは胸の奥に母の姿と一緒に住んでいる。あれから何年経つのだろう。山村は衰退の一途で老い、人はいなくなった。子供はみんな都会にとられてしまった。豊かで便利にはなったがなくしたものそれを越すのではないだろうか。変わり果てた山の風景こんな筈ではなかったのに悔やむ。数十年もすれば多くの山村は確実に消滅するであろう。自分たちが植えて育てたスギやヒノキに隠されてしまうのであろう。大昔に戻るのだろうか。山村を滅ぼさいでと願うばかりである。
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by aokinature | 2013-04-13 21:30 | 景観

山桜の景色です

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山桜をとここ南国市周辺から北へ国道439号線を西へ194号線を北へと廻り山村の景色を撮りました。公園や道ばたは染井さんが多く咲いていました。山には地主の山桜も混ぜてほしいですね。深山で咲く山桜は詩情あふれる景色です。山桜の里山の森をつくってほしいですね。さて高知県はスギヒノキの人工林が80パーセント以上で全国で一番なのです。実のなる広葉樹は少なくなり鳥や獣が食べ物の森を奪われ反乱をしているようにも思われます。少ない樹種でなく多種多様の森林があれば鹿も鳥も虫も仲良く過ごすことになるでしょう。地球に存在するものはこの星が永遠に存続することを願い、善良なる行いをして後世へとお互いに助け合い生きています。例えば1本の木も地球を緑で覆うことで、そのひとつの働きとして水を貯めています。つばめは美味しいお米を、りすは森をつくる大切な役目をして生きているのです。考えれば地球で一番上位にあるのは植物ではないでしょうか。もし、この緑の植物がわたしたち周囲になかったらと考えればどうなるでしょう。人間は奢ることなく自然をそこに住むものを敬い大切にしましょう。
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by aokinature | 2013-04-04 18:37 | 花の風景