四国霊場五台山竹林寺は紅葉のたけなわです。11月30日

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先日20日行ったのですが10日経ちこのように美しい紅葉に染まりました。29日NHKで放映がありましたのでこの日は朝から多くの人が訪れていました。参拝道の紅葉のトンネルをくぐると竹林寺の周辺は「わー、美しいきれい」と感嘆の声を出すような景色です。お寺、五重塔の建造物仏像、樹木ほか自然すべて人の創造した風景景観です。私たちは生きた風景として霊場と言う環境に立ってより深く精神的に感動すのでしょう。お大師さんも霊場にあるいは遍路道の大自然の深遠、静寂、神秘の四季に身を浸し人間としてより上にと精神の修養を願ったのでしょう。私の近くに二十九番札所国分寺があります。歩いている遍路さんを見受けます。同行二人遍路道は1400キロメートル40日位の道のりは苦難を超えて行かねばなりません。自分の人生を背負い足をすり減らしていることでしょう。考えてみましたら苦悩こそ人生のすがたでないだろうかと、最後の霊場に辿りついたときよろこびをなぐさめを己の過去からの脱却を魂に記憶されると思います。苦しまねば真実は見えないと身を切って歩いているのでしょう。京都セラミックの社長稲盛和夫氏は仏門に入られましたが、私はなぜ仏門に入ることを決意したかと言う自問に「心を高める」こと以外に答えはないと言っています。生まれたときより少しでも善き心、美しい心になって死んでいくこと。生の起点よりも最終点における魂の品格をわずかなりとも高めることなのです。人間という生命が最終的にめざすものは、ただ心の錬磨にあり、その魂の修行、試練の場として、私たちの人生が与えられているのです。と述べられいます。貪欲、瞋恚、愚痴は仏教では三毒と言われこれを減ずるのに修行をするのです。私などいつまでも同じ人間,欲を怒りを不満の被っているものを蟬がらのように抜けたらと思うばかりです。かたより、こだわり、とらわれるを脱ければ楽に生きられるでしょう。



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by aokinature | 2013-12-01 13:50 | 景観
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